九州・山口の近代化産業遺産群【軍艦島】

軍艦島とは、通称であり、正式には、端島(はしま)というのが正式名称です。
日本の近代化を象徴する数々の遺産群が九州北部地域にあり、その中の重要な構成資産の一つが軍艦島です。
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2009年1月5日、世界遺産暫定リストに掲載された「九州・山口の近代化産業遺産群」の構成資産の一つとなり、炭鉱閉山後の永い眠りから目覚め、現在では、多くの観光客が日々見学に訪れる、長崎でも有数の観光地となっております。

荒廃した炭鉱が、今や、日本の産業化、近代化を支えた歴史を物語、過去を振り返るための、貴重な存在となっております。
特に荒れ果てた住居跡、採掘の現場や子供たちが通った学校跡が生々しくあり、人類のこれまでの「歩み」さえ考えさせられるものでした。
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軍艦島は、長崎港より船で約40分の小さな海底炭鉱の島でした。草木のない、水成岩の瀬にすぎなかった島を、1890年から三菱の経営によって、製鉄所向けの製鉄用原料炭を供給し、掘り出した土砂によって島の周辺を埋め立てながら、荒波から島を守るための護岸堤防の拡張を繰り返し、現在の島の形状にしていったのです。

1916年、日本初の高層鉄筋アパートが建てられてから、次々と高層建築が林立し、海の要塞の感を呈するようになり、軍艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになりました。
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最盛期には、約5300人もの人々が住み、東京の9倍の人口密度の中、島には、小中学校、神社、病院、商店、映画館やパチンコ等の娯楽施設がそろえられていきました。

ところが、昭和30年代後半から、エネルギー革命により、石炭の需要が減少し、1974年1月15日に閉山し、無人島となりました。
それ以来、島は放置され荒廃していきます。

そして現在、九州・山口の近代化産業遺産群の世界遺産登録という新たな目標に向かって整備されています。
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島に上陸すると、見学できるのは、護岸堤防沿いに歩いて行ける3か所のみでした。高層鉄筋アパート群を始め多くの建築物は倒壊の危険性があるため立ち入り禁止となっています。そのため、それらの建物から離れた場所から安全を確保しながらの見学、説明となります。
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ガイドによる島の歴史を聞きながら、当時の喧騒を想像します。世界遺産への登録はもちろんですが、日本の近代化の証として、長崎の歴史と繁栄の時代を映す役割を担い、今後の更なる取り組みが求められます。
このままでは、遠からず高層アパート群は倒壊し、いずれ、瓦礫の山となります。この島の現在の姿を、このまま残していくための取り組みが必要不可欠であり、行政の早急な取り組みが必要です。
是非、この日本の遺産を、このままの姿で次の世代に残していくべきではないでしょうか。
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浮体式洋上風力発電実証事業

環境省が進めている世界初の浮体式洋上風力発電の実証実験が、長崎県、五島列島の椛島沖で行われています。
実験場所は、まず、長崎港から福江島に、ジェットフォイルで約1時間半、更に、福江港から、海上タクシーをチャーターし、約30分で到着します。

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戸田建設の担当者が福江港から一緒に乗船して説明してくれました。

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椛島の沿岸から約1㎞沖合に浮体式洋上風力発電所は位置しています。沿岸から近く、約100mの水深がある場所は、なかなかありません。
沿岸から近いということは、高価な海底ケーブルをなるべく使わなくても済むということであり、コスト削減の重要な条件です。
風力発電は、いかにコストを安く抑え安定して発電させるということが重要なのです。
この事業に使われている風車は、沖縄県伊是名島で10年使われていた中古品です。
下部浮体部はコンクリート製で、低コストで風車の重心を下げるとともに、水圧でコンクリートが圧迫されて安定します。コンクリートは、地元建設会社に発注可能で、運搬コストも安くなります。

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安定した出力を維持するため、最大100kwの出力がありながら、40kwに抑えられて一定出力としております。

ちなみに、風車の胴体部の黄色は、国際法上定められているそうです。

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事業の収支をプラスにするためにも、風車は20年間安定して稼働することが重要です。特に、台風による破損がないような強度や仕組みが必要です。

今年発生した台風17号は、100年に一度、そして台風16号は、これまでで最大規模のものでした。波は、14秒間、20mにも達しましたが、風車に損傷はありませんでした。
ところが、陸上にある変電所が海水を浴びて1か月間停止してしまいました。

今後は、来年夏に稼働を目指している2000kw級の実証機に、今回の台風から得た知見を導入し、設計を変更し、安定性を向上させるそうです。
このためのコスト増は10%程度にとどまるようです。

「いかに早く減価償却できるのか、そして、減価償却後、何年間の稼働が可能なのか」が風力発電の成否のカギとなります。

長崎EV&ITSプロジェクト

平成24年11月15日、長崎港からジェットフォイルで約1時間半、福江港に到着し、早速レンタカーを借りました。
EV(電気自動車)のI-MIEVです。

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「五島市EV、ITS実配備促進協議会」によって、島には、レンタカー、NPOやタクシー会社に対して、I-MIEVが71台、PHVが2台、そしてリーフが9台の計82台が低料金でリースされております。

この事業は、国から選定され「長崎県EV、PHVタウン構想」として、世界遺産候補を有する五島地域において、EV等とITS(高度道路交通システム)を連動させた未来型のドライブ観光システムを構築することを目的としています。

五島市の中心は、福江島。一周約100㎞の小さな島です。子供たちが、高校や大学進学のために島外へ出てしまい、若者がいなくなるため、人口がどんどん減少しているのです。

農業と漁業で生計を立てており、近年、コールセンターを誘致し、2か所で約100名の雇用を生み出しました。

今後は、マグロの養殖基地として、また、椿油が特産品となっており、資生堂のシャンプーに使われてから需要も増えたため、新たな産業としての期待が高まっております。

島のガソリンは輸送費が嵩むため、他地域よりリッター当たり25円~30円高く、電気も海底ケーブルで長崎から送電されています。

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プロジェクトは、雪の降らない島内では、将来に向けた希望の光となるのではないでしょうか。県境に優しいEVで島内の教会や景勝地を巡り、自然を満喫しながらエコの島としてCO2フリーの街を構築し、未来型の地域づくりを行い、他との差別化をしていく事によって新たな価値が生み出されるのではないでしょうか。

EVを始めて運転しました。
静かで力強く、何よりも、環境に優しいということが、旅を充実させてくれます。青い空、青い海を感じながら、道の奥にある堂崎教会に到着しました。これまで育まれてきた歴史に思いを馳せました。

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このような環境を青森県でも構築できたら素晴らしいのではないかと思いながら、同時に雪深い冬の青森市を考えていました。

EV用の急速充電器は、7か所15基、約20㎞間隔で設置されています。
普通充電器は、11か所17基で、主に、夜間充電(7時間)のために、宿泊所や飲食店に設置されています。

ITSは、3か所、3基整備し、未来型の観光を目指しています。
まだまだ、EV等は、島民や観光客から充分に認知されていないため、利用者が少ない状況ですが、今後、イベントやPRを通じて、より多くの方々にEVの利点を理解してもらう必要があります。まずは、EVを使ってもらい、知ってもらい、好きになってもらう、ということが第一歩ではないでしょうか。

島全体が、風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーによる電力供給と化石燃料を使わない島内の交通システム構築により、CO2ゼロの街を目指していくべきと感じました。差別化となるのではないでしょうか。

長崎の教会群とキリスト教関連遺産

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界遺産登録に向けた取り組みを調査してきました。

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国の文化審議会からの課題を踏まえ、次の3点を重点項目として取り組んでいます。

①    顕著な普遍的価値の証明

・コンセプトの明確化

・構成資産の充実と精査

・類似の世界遺産との比較研究

②    国内における万全の保護措置

・文化財の国指定、国選定への昇格、新規指定

・文化財の保存管理計画等の策定

・文化財の緩衝地帯(バッファゾーン)の設定

③    登録前からの適切な公開、活用の検討

特に、普遍的価値の証明は最重要であり、先に登録された平泉は、良い先例となっているのではないでしょうか。

長崎県では、キリスト教の伝播と浸透のプロセスを世界遺産としての価値づけの中心としています。

Ⅰ、Ⅱ期は、キリストの伝来と繁栄

Ⅲ期は、キリスト教の弾圧と禁教下のキリシタン信仰と「かくれキリシタン」

Ⅳ期は、250年もの長期にわたる潜伏からの「奇跡の復活」(大浦天主堂における信徒発見)と信徒発見後の教会堂の建設

以上のⅣ期に分け、数ある資産から13に絞って構成資産としました。

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これらの絞り込みも、世界遺産登録に向けた重要なプロセスであり、地域間の調整が難しい中で行われました。県民の理解が最も不可欠なプロセスでした。

年々、世界遺産登録のハードルが高くなっている現状では、長崎県の取り組みは、青森県の参考となるのではないでしょうか。

日本初の「かくれキリシタン」という日本語が世界標準となることを切に願っております。

平成23年2月23日、長崎県議会は、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」 の世界文化遺産への登録実現に関する決議を採択いたしました。高いハードルをクリアするためには、県当局を始め、県民一丸となった取り組みが必要です。

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「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の世界文化遺産への登録実現に関する決議

 

世界文化遺産は、顕著な普遍的価値を有する文化遺産を人類全体の「たからもの」として、損傷、破壊等の脅威から保護、保存するために、「世界遺産条約」に基づき選定登録されるものである。

世界文化遺産は、条約国がそれぞれの国の世界遺産登録候補をユネスコの世界遺産暫定一覧表に登載し、専門家の調査やユネスコ世界遺産委員会での審査を経て、登録される。

現在日本においては、11件の世界文化遺産が登録されており、また文化遺産の暫定一覧表には13件が登載されている。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は、世界史に類を見ない250年に及ぶ長期の潜伏を経て復活した我が国のキリスト教布教とその受容の歩みを示し、また、和洋の建築技術の融合、優秀な自然環境と一体となった文化的景観など優れた価値を持つことから顕著な普遍的価値があり、世界遺産として登録されるにふさわしい文化遺産であると考える。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が持つ文化的価値が世界に認められることは、長崎県の誇りとなるものである。また、この世界文化遺産への登録により、県民において、貴重な文化遺産を大切に守り伝えていこうという、より一層の意識の高まりが期待できる。

さらに、構成資産候補は、五島列島をはじめ県内に広く分布しており、これら構成資産候補を活かした地域づくりによって交流人口の拡大などの地域活性化が期待できる。

よって、国、県当局におかれては、平成26年のユネスコ世界遺産委員会での審査・登録を目指し、構成資産候補の国文化財への指定・選定や所有者・地元住民と協働してつくりあげる各種計画の策定など必要な作業を着実に進め、地域の実情を的確に把握したうえで必要な支援策に積極的に取り組むよう強く要望するとともに、本県議会としても、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が世界文化遺産へ推薦、登録されるよう、県当局をはじめ県民と一体となって全力を尽くすものである。

 

以上、決議する。

平成23年2月23日                           長 崎 県 議 会

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地元銀行による世界遺産登録応援定期(+0.1%の金利)によって県民意識の醸成応援や、しおり、カレンダーの配布等、様々な取り組みが官民によって進められています。

私たちは、構成資産の中心でもある、大浦天主堂を訪れました。

幕府が開国して欧米5か国との修好条約が結ばれ、長崎港に外国人居留地が形成され、日本最古の教会堂が建設されました。これが大浦天主堂です。ローマ教皇により1862年に聖人に列せられた西坂の26人の殉教者に献じられました。1865年3月、浦上地区の潜伏キリシタンが聖堂を訪れ、プティジャン神父に信仰を告白した出来事は、「信徒発見」と呼ばれ、弾圧の中、250年も潜伏しながらキリストの教えを継承してきた日本人がいることは、驚きと感動をもって当時のヨーロッパに伝えられ、世界宗教史上の奇跡とされています。

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信仰の自由を得た各地の信徒は、この後、潜伏してきたそれぞれの集落に教会堂を建設していったのです。

福江島にある堂崎天主堂は、道の奥に、ひっそりと穏やかに佇んでいました。

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ITER(核融合実験炉) ~未来のエネルギーへの道~

フランス南部の港町マルセイユから車で約1時間、高速道路を降りたら、既にITER本部のあるカダラッシュに到着しました。緑豊かな田舎の中にポツンと事務棟が佇んでおり、人類の未来を担うエネルギーを開発中とは想像もつかない場所でした。

私たち一行は、ちょうどITER本部の事務棟が完成し、間借りしていた事務所からの引っ越しの最中訪れることとなりました。まだ、エレベーターや窓、壁、トイレとあちこちに整備中の場所があり、これからここで本格的に人類の未来を切り開いていく取り組みが行われると思うと、その創世記の現場に立ち会っているような思いでした。

10月17日午前10時、私たち一行は、ITER機構の最高責任者である、本島理事長に出迎えられました。

まずは、ITER計画の基本的な説明をいたします。
○ITERとは何?
・トカマク方式の核融合実験炉
・強い磁場により1億度のプラズマを発生させ核融合反応を起こす
・入力したエネルギーの10倍のエネルギーを生み出す
・核融合商業炉を作るための実験炉
・燃料となる重水素と三重水素は、海中に無尽蔵

核融合を起こすためには、1億度のプラズマを発生させ、それを閉じ込め、継続させなくてはならない。それが可能かどうかを実験する実験炉なのです。

2005年6月28日、ITERに参加している国々は、全会一致で、ITERを南フランスのカダラッシュへの建設に合意
2006年11月21日、パリでITER協定を署名
2007年10月24日、ITER機構発足
2010年7月28日から実験炉の建設が始まりました

実験炉はフランスに建設されますが、それと並行して、日本の青森県、六ヶ所村に実験炉建設をサポートする拠点が置かれています。
それが、「幅広いアプローチ(BA)活動」と呼ばれるものです。

○では、幅広いアプローチ(BA)活動とは?
・ITER計画を補完、支援しながら、将来建設される核融合商業炉の原型炉に必要な技術基盤を確立するための先進的研究開発を行う

・国際核融合エネルギー研究センター事業は、原型炉の概念設計、研究開発、ITERなどの実験の遠隔操作やシミュレーション研究を行う。そのためにITER専用のスーパーコンピューターが、2012年1月から運用開始

・国際核融合材料照射施設の工学実証及び工学設計活動は、原型炉に必要な高強度材料の開発を行う施設の設計、建設への取り組みを行い、材料の照射実験を行うための原型炉加速器は2016年に完成予定

・サテライト・トカマク計画は、日本の臨界プラズマ試験装置JT-60を超伝導化(JT-60SA)し、ITERでの実験を補完する実験を実施し、原型炉に求められる安全性、信頼性、経済性のデータを獲得する。JT-60SAの運転開始は2019年の予定

本島理事長は、ITER機構の現状と現場の説明をしてくれました。

2007年理事会で、コストやスケジュールといったベースラインが承認されました。

3.11やヨーロッパの経済危機を乗り越え、欧州議会は、€13億の追加予算の配分に合意してくれ、今年4月トカマク耐震ピットに、439本の免震パッドが設置され、実験炉建設の基盤が完成しました。1本あたり2000tの荷重を支えるそうです。

3.11後、ストレステストが行われ、最大の事故に対するセーフティーマージンが見直され、様々な改良が加えられることとなります。
カテゴリー4の事故は、安全を確保したうえで、施設の再使用が可能と設定されており、これに対して耐性を50%アップしました。
カテゴリー5では、装置が壊れることを想定して、床厚を1.5mとし、M7の直下型地震にも耐えられるコンクリートの強体に変えることとしました。
また、ASNの総裁が、検査に来て、虫眼鏡で見ないとわからないような小さなクラックを指摘され、修正。されに免震構造の基準をアップし、20億円の追加予算が必要となりました。

ここカダラッシュでは、3000人が建設に従事し、建設終了後は、地元で働けるよう支援もしているそうです。

2011年には、土木工事の92%、機械分野では、28%の進捗率。
建設が延期されている分、資材費が上昇、さらに、改良のためのコスト増に悩まされています。

ITERで得られた成果は、各国で活かされます。
そして、そのためにも、人材育成が重要です。エネルギー問題は、5年先を見ているようではいけません。467億円もの資金が地元カダラッシュの県や市に投入され、道路の改修が進められ、国際学校の整備が行われました。現在、ITER職員の子供たちが約240名通っており、残りは、地元の子供たちです。
今回の福島の事故でも、東京電力の技術者がどのような教育を受けてきたのかを検証すべきだと訴えておりました。

ITERには、3つの利点があります。
1. ウランは使用しない
2. 燃料供給を停止すると核融合反応は瞬時に止まる
3. 三重水素は不拡散物質ではない
ITER計画が成功すれば、次は、発電に向けた商業炉開発です。
これは、勿論、各国で取り組むことになります。
ITERの部品は、各国で研究し、発注し、物納させるため、各国に技術と知的所有権が残り、それを商業炉に生かすこととなります。
特に、中国は、必死です。大学に学部を作り、人材育成し、将来に備えています。人材育成のためには、時間とコストがかかるのです。しかし、最後は、人材が成否のカギを握っているのは、間違いありません。
日本の未来のエネルギーを支える核融合炉。ITERが成功したのちには、各国での商業炉のための原型炉建設が始まります。そして、日本では、青森県六ケ所村がその第一の候補地となるのではないでしょうか。是非、未来のために、日本政府と、青森県が共に協力して、この事業を積極的に推進してくださることを切に願います。

2020年11月の初プラズマを目指します!

フラマンヴィル原子力発電所 EPR(第Ⅲ世代欧州加圧水型原子炉)

10月15日午後3時、フラマンヴィル原子力発電所に到着しました。湾の対岸には、ラアーグの再処理工場が白く薄らと見えていました。

福島の事故以来、わが国では、原子力政策の在り方が抜本的に見直されようとしております。より安全で、より経済的。この二つの相反するとみられる課題をどのように克服するのか。日本の取り組みが試されています。

まず、フラマンヴィル原子力発電所について説明いたします。

現在、130万kwの2基の原子力発電所が稼働中です。1985年と1986年に運転開始しました。4基建設可能で、残りの2サイトの一つにEPRを建設中です。運転開始は、現時点で、2016年を目指しております。
フランス電力(EDF)が運営し、692名が社員、約200名が協力会社の社員です。
フランスでは、19サイトに58基の原子炉があり、そのうち5サイトが海沿いにあります。(残りは川沿い)
増設可能なサイトはほとんどありませんが、ここフラマンヴィルは、空きスペースが2基分あり、そのうちの一つに(3号機)建設中です。後、1基、増設可能です。ここでの建設は、新たな土地を探す必要がない分、比較的短期間で建設可能です。
EPRは、2007年2月に工事が開始されました。
165万kwの世界一の発電所となります。
2005年当初、建設費は、€33億と見積もられていましたが、現時点では、€60億(6000億円)となる見込みです。
このEPRは、今後始まる、古い原発の建て替え時のモデルとなるため、既存の原子炉廃炉の前に稼働している必要があります。そのために、急ピッチで建設されていますが、安全性は、最優先課題であり、コストアップの要因のひとつとなっております。

(このまま、原子炉をリプレイスしなかった時の現時点での年間発電量予測)

フランスにある原子炉は、1977年から稼働し始め、20年間で35基の原子力発電所を建設しました。それらは、既に稼働から、40~50年経過しており、建て替えの時期を迎えている原子炉が大量にあります。
フランスの原子炉はすべて加圧水型です。

これら、58基のこれまでの知見が全て、EPRに反映されます。安全性、環境問題、技術の分野において改善が施されております。

EPRは、フランスとドイツで共同開発しました。フランスでは、2003年、エネルギー政策法の制定に向けた全国規模のエネルギー公開討論が5つの都市で7回にわたって開催され、2005年にエネルギー政策法で、国内初のEPRを建設されることが明記されました。

その後、EPR建設に関する全国規模の公開討論会を開催、その結果を踏まえ、フランス電力がフラマンヴィル原子力発電3号機として建設を正式決定。公衆意見調査が行われ、2007年、原子力安全機関(ASN)が設置許可について肯定的な見解を表明、同年4月11日付で設置許可政令が発給されました。
特筆すべきは、炉心溶融防止システムや、炉心溶融が発生した場合の影響を軽減する技術等が採用され、高い安全性が確保されているということです。

フランスの原子炉は、安全性の確保に、これまで力を注いできました。
アメリカ、スリーマイル島の事故後には、冷却できずに炉心溶融が起こった時のため、コリウムの受け皿を設置。9.11(同時多発テロ)後には、飛行機の衝突に耐えられるように改良され、昨年の福島の事故後にも、フィヨン首相の要請により、ASNが実施している補完的安全評価(ECS)では、フラマンヴィル3号機も対象となり、新たな対策が施されました。

① ディーゼル発電機4基
② 緊急用ディーゼル発電機2基
③ 16.5mの堤防(再計算)(敷地は12m)
④ 耐震性の見直し(元々、EPRは、要求が高かったので見直しは無し)
⑤ 冷却用の大きな淡水層を高台に設置(60m)

更に、これらの非常用ディーゼル発電機が稼働しないときのために、即応部隊が、2時間以内に非常用電源をヘリコプターで運ぶ仕組みになっています。

最後に、経済効果について説明がありました。
フラマンヴィル原子力発電所3号機の建設にあたっては、資材や建設のため。150以上の契約が成され、3000人以上が建設工事に従事し、50%は、地元雇用。工事は2007年から開始しましたが、雇用は、2005年からで、工事前2年間は、研修に充てられました。

今後も、必要であれば様々な改良が随時加えられ2016年の運転開始を目指します。

アレバ社 ラアーグ再処理工場

10月15日午前8時前、フランスのシェルブールにあるラアーグ再処理工場に夜明け前に到着しました。

フランスでは、10月下旬までサマータイム制を導入しており、夜が明けるのは、8時を過ぎてからでした。軍港、シェルブール市の中心から出発したのは、午前7時20分。まだ真っ暗で街中は静かでした。

しかし、ラアーグ再処理工場に近づくに従って、一本道が混雑し始めました。、ラアーグ再処理工場の通勤時間で、多くの従業員が通勤してくるので混雑しているとのことでした。
北コタンタンの最大の雇用を生み出しており、その数約5000人。3000人は、アレバ社で働き、1000人は、アレバグループ。残りの1000人は、協力会社。
これだけの従業員の多くが一斉に通勤するので混雑するはずです。

午前8時、パスポートを用意し、厳重な検査ののち、工場内に入りました。
まずは、ブリーフィング。ラアーグ再処理工場の概要が、広報班の女性によって丁寧に説明されました。

やはり、まず、特筆すべきは、ラアーグ再処理工場の情報公開に対する取り組みです。すべての情報は、包み隠さず地域の方々に公開し、常に今工場で何が起こっているのかを伝えます。
その中心となるのが、LIC(地方情報委員会)であり、メンバーは、地方議員や市民団体などで構成され、反原発団体のメンバーも含まれているそうです。
LICは、法律で決まったものなので、反対派からのあらゆる質問に対して答える義務があります。そこでは、全ての意見を表明することができ、メディアも参加しながら、議論の充実を図っているそうです。
また、独自に技術的評価をすることもできます。
また、年間3000人から4000人の許可訪問があり、主に、学校の教育活動が行われております。
また、討論会を開催し、年2回の広報誌が関係地区の全世帯に配布されます。

ラアーグ再処理工場では、1990年からガラス固化が始まりました。最初は、大きな事故はなかったもののトラブルが続きました。一時期、情報を画した時期もあり、1996年と1997年には火災もあったそうです。しかし、悪い情報を含め、全ての情報を包み隠さず伝え続けた結果、地域住民との信頼関係が築かれたと思われます。
また、情報公開と同様に、監視機関に対する人々の信頼も重要な要因でした。規制期間は、安全に対する要求が非常に高いことが信頼に繋がったのです。
徹底した情報公開と安全に対する厳しい規制。この2つがこれからの原子力行政に不可欠です。

ラアーグ再処理工場には、処理施設が2系統あり、UP2とUP3と呼ばれております。UP3は、海外からの高レベル放射性廃棄物を処理するためで、UP2は、国内向け。ガラス固化のための溶融炉は、毎年交換しています。
24時間を3チームで運営し、全体のチーム数は、5チームであり、交代で勤務しています。

以前UP2-400という溶融炉があり、1966年から1980年代後半まで稼働していました。10年かけて除染し、90年代後半に廃炉。
その時の手続きは、以下の通りです。
1. ASNに廃炉計画を提出
2. 事前に市町村役場や県からの意見聴取し、世論調査
3. 再処理施設を廃炉施設に変える国の許可(デクレ)
使用済み核燃料は、96%がリサイクルされ、4%が廃棄物となります。この廃棄物は、キャニスター(CDSC)と呼ばれる容器に入れ、50年間の中間貯蔵を経て最終処分されます。

リサイクルでは、1%がプルトニウム、95%がウランとなり、再利用されます。
フランスでは、ラアーグで再処理した燃料がフランス電力の15%を占めています。
ガラス固化することによって放射能の毒性は10分の1となり、容量は5分の1となります。

これまで27000tが処理されました。
その内、2944tは、日本からの使用済み燃料でした。
世界の使用済み燃料の75%を、ラアーグ再処理工場が再処理しました。

現在、貯蔵能力の7割が使用中であり、能力増強のための拡張工事が行われております。新しい建屋は、自然通風による冷却で、4500本の追加貯蔵が可能です。常に、技術交流を行い、最新の知見が導入されています。

中央コントロール室、せん断、ガラス固化それぞれにバックアップがあり、故障時には、そのバックアップを使いますが、中央制御室には、それ以外にも、最終バックアップがあり、非常時に備えています。

私たちが、福島の原子力発電所事故によるラアーグ再処理工場への影響を尋ねたところ、次の説明がありました
「私たちは、関係地域住民との長期的な信頼を築いており、福島事故の影響がないということへの自信があります。今回の福島の事故の状況は、逐次、地元に説明しており、人々は恐れてはいません。原発は必要であり、安全性と情報公開をし、福島を例として、自信に対する裕度など、更なる安全性の強化を行いました。
昨年、ASN(原子力安全機関)がストレステストを実施し、福島の事故がフランスで起きた時を想定。技術的な強化策だけではなく、危機管理という課題を学びました。
事故時にどのようにチームを編成するのか?
今後、シミュレーションを検討しているそうです。

3時間以上に及ぶラアーグ再処理工場の現場視察ののち、私たちは、シェルブール市長、地域の代表で酪農家のアメル夫妻とともにランチをとりながら、ラアーグ再処理工場と地域が共に歩んでいる現状を聞きました。

地域との信頼関係が原子力政策の要であり、信頼なくしては、事業の継続はあり得ないと感じました。

フランス原子力庁(CEA)

10月12日午後0時、フランス原子力庁、国際本部、日本・中国・オーストラリア担当のパスカル シュックスさんとフランシス リネさんが出迎えてくれました。

CEAは、未来のエネルギーの開発に全力を尽くします。
なぜ、未来のエネルギーなのか?
CEAは、3.11の福島の過酷事故以来、2つの使命に挑んでいます。
1つ目は、福島の事故から友人である日本を支え、勇気をもって克服するための支援することを努力し続けます。
2つ目は、私たちの高度な技術を提供し、フランスと世界各国で起こっているエネルギー問題の議論に貢献し、達成可能な最善のエネルギーパッケージを作り上げることです。
今日、全ての人が認識しなければならないのは、原子力発電をあきらめるのではなく、原子力と再生可能エネルギーを共に支え合うことです。全ての原子力発電がどのような自然の猛威や人工的問題の中でも、完璧に安全に運転されることを保証することです。そして、一日も早く原子力と地球温暖化を促進する化石燃料への過度な依存に終止符を打つことです。

1970年代、石油ショックのため原子力の比率が拡大しました。
現在、発電の比率は、石油11%、原子力77%、再生可能エネルギー12%です。
石油の11%は、対外貿易赤字となっております。
フランスは、電気を隣国に輸出しておりますが、ヨーロッパとしてのエネルギー政策は存在せず、ただ、送電網によってヨーロッパは、繋がっております。
各国は、独自のエネルギー政策を展開していますが、影響を及ぼし合っています。
エネルギー保障の問題と経済や二酸化炭素などの環境問題への影響など、これからヨーロッパの枠組みと規制が必要です。
特に、環境への影響を考え、2011年から2050年までに海外からの輸入を減らし、化石燃料を減らしていきます。

福島の事故の影響は、現在ではありません。
フッセンハイムの原発は、古いので廃炉としますが、基本的には、フランスの原子力政策は、これまで通りです。
ただ、安全性に関しては、以前より注視されていますし、代替エネルギーの強化が進められています。
当然ですが、化石燃料は減らし、再生可能エネルギーは増やし、原子力は現状を維持します。

オランド政権が表明した原子力の50%への縮減は、原子力を減らすということではなく、これからの経済成長にともない、エネルギー・電力需要が増え、原子力は現状を維持していくため、結果的に全体の供給の50%となるということです。

これからの原子力政策には、規制当局(ASN)の信頼、そして規制当局と事業者の情報の透明性の確保が重要です。
規制当局は、原子力に対する警察のような存在でなくてはなりません。プロセスの透明性と独立性が必要です。
私たちCEAも、常に規制当局に監視されています。
シラク大統領(当時)が、2006年1月に「原子力安全、放射線防護及び情報公開を監視する独立機関」を設置する方針を出し、独立した原子力安全の高位機関を設置する措置が原子力安全。情報開示法案に盛り込まれました。議会審議を経て、同年6月13日、「原子力に関する情報の透明性と安全防護に関する法律」が成立し、原子力安全規制の根拠が法的に明確にされました。
この法律により、ASNを独立行政機関として政府から切り離すことが規定されたのです。
フランスも30年以上かけて独立性を高めてきました。この法律は世界に類を見ないものです。
日本の細野大臣(当時)とも、日本でどのような原子力規制庁を作るかの情報交換を行いました。
日・仏・米の規制庁は、情報を共有していかなくてはなりません。規制のみではなく、各事業者の安全文化を高めていく事が大事です。
また、フランス電力と日本の電力会社の情報交換も必要です。
今月には、日仏の閣僚間で、核燃サイクルの推進の確認をします。
来月には、パリにてN20が開催され、日米双方からそれぞれ10名の原子力関係者による高レベル会議を行い、情報交換を行います。この会議は、毎年開催されています。
規制側と事業者側でも、情報の共有が大事です。

これからも、日仏で、共に、原子力の安全性と情報の透明性を追求していく事が必要です。人類のエネルギーの未来のために!